判例からみる障害福祉の権利性と自治体の責務

2012年8月23日

                                                                                                                   弁護士 採澤友香・藤岡毅

1.支給量訴訟の動向

(1)和歌山ALS訴訟

【訴訟までの流れ】

・和歌山市在住のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の70代の男性2名。

いずれも、高齢の妻と自宅にて生活。

・従前の支給量は、重度訪問介護1268時間。

(介護保険分と合わせてもわずか112時間。)

2009年、2010年の2度にわたり審査請求を申立て、和歌山県は取消裁決を下した。

しかし、和歌山市は支給量を増加変更しなかった。

・そこで、20109月、お二方同時に和歌山地裁へ提訴した。

 

【訴えの内容】

《本案訴訟》

・重度訪問介護268時間/月を取り消す。

・重度訪問介護651時間/月の支給決定をせよ。

(介護保険分と合わせて124時間)

・慰謝料を支払え。

《仮の義務付け》

・重度訪問介護651時間/月の支給決定を仮にせよ。

 

【和歌山市の主張】

124時間つきっきりの介護の必要はない。

・妻による介護が可能だから、124時間介護について公費で負担する必要はない。

(妻の睡眠時間8時間×31日+緊急分20時間=268時間)

・現に訪問介護事業所が124時間介護を行っているから支障はない。

 

【仮の義務付け命令】

20119月、和歌山地裁は、5115時間/月(介護保険分と合わせて120時間)の支給決定を仮にせよ、との決定を下した。

仮の義務付け命令の意義と課題

○障害者自立支援法上の介護給付についての仮の義務付けは全国初!

×緊急の必要性が認められる場合の救済方法であるにもかかわらず、1年もの時間が費やされた(その間、原告のお一人が亡くなった。)。

・同年11月、大阪高裁は、緊急の必要性がないこと等を理由に、上記和歌山地裁の決定を覆した。

【本案訴訟判決】

2012425日、和歌山地裁は、5425/月(介護保険分と合わせて121時間)を下回らない支給決定をせよとの判決を下した。

 

和歌山市の主張に対する応答

・ほぼ常時、介護者がその側にいて、見守りも含めた介護サービスを必要とする状態にあったことが認められる。

・妻の年齢や健康状態、ALSの特質、人工呼吸器の操作方法等に鑑みると、少なくとも121時間分については、職業付添人による介護サービスがなければ、生命、身体、健康の維持等に対する重大な危険が生じうる。

・訪問介護事業所は支給量を超える時間について無償で介護を行っているが、これはやむを得ず行っているものであるから支給量を限定する理由とはならない。

 

【判決確定とその後】

・原告弁護団は、判決期日当日、直ちに和歌山市へ赴き、控訴しないよう申し入れた。

・これを受け、和歌山市は、2012427日、控訴断念を表明。

・原告弁護団も、訴訟の長期化によるご本人の健康悪化を危ぶみ、控訴せず。

・その後、和歌山市は、2012529日、5935時間/月(介護保険分と合わせ1215時間)の支給決定をした。

 

(2)支給量訴訟の軌跡

東京地裁20061129日 第一次鈴木訴訟判決

「身体障害者が外出する時間は、身体障害者各人により千差万別であり、そのうちのいかなる範囲の外出が居宅生活支援費という公費を支出するのに社会通念上適当なものであるか否かということもまた、千差万別である。」

 

東京地裁2010728日 第二次鈴木訴訟判決

「障害者自立支援法及びその関係法令は、障害者に対して個別に勘案事項の調査を行うことを前提に、その調査結果を基に、いかなる場合にいかなる支給量を定めるかということにつき、各市町村において合理的裁量の範囲内で各障害者ごとに個別に具体的な判断をすることを予定しているものと解するのが相当である。」

 

大阪高裁20111214日判決 石田訴訟控訴審判決

「(支給決定が)違法となるかどうかは、当該決定に至る判断の過程において、勘案事項を適切に調査せず、又はこれを適切に考慮しないことにより、上記の各決定内容が、当該申請に係る障害者等の個別具体的な障害の種類、内容、程度その他の具体的な事情に照らして、社会通念上当該障害者等において自立した日常生活又は社会生活を営むことを困難とするものであって、自立支援法の趣旨目的(自立支援法1条)に反しないかどうかという観点から検討すべきである。」

 

 

 

 

 

 

和歌山地裁2012425日 和歌山ALS訴訟

石田訴訟控訴審判決とほぼ同旨の枠組みを採用した。

 

○ 市町村は独自の支給決定基準を機械的に運用してはならない。

○ それぞれの障害者や難病患者の個別具体的事情を適切に考慮して支給決定を行わなくては

ならない。

 

 

2.審査請求手続・訴訟の分析から見えてくるポイント

(1)障害の程度や生活状況をわかりやすく伝えなくてはならない。

 

(2)手続違反を見逃してはならない。

例1)福島地裁2007918日 船引町支援費判決

支給量申請を一部拒否する処分について理由を付記しなかったことが違法と判断された。

例2)群馬県2010625日 伊勢崎市に対する審査請求についての取消裁決

市の支給決定基準で定める自立支援協議会等への諮問を怠ったことが手続違反に当たると判断された。

 

(3)支給決定基準に凝り固まった運用を許してはならない。

例)上記(2)の群馬県の取消裁決

「支給決定基準に記載されている以外の支給決定はない。」との市の支給決定基準に関する解釈に基づく支給決定は適正ではないと判断された。

 

(4)「財政問題」の反論を安易に許してはならない。

例)石田訴訟控訴審判決

118時間を下回る支給決定は違法である旨認定したうえで、石田さんに118時間の公的介護を給付すると、和歌山市の財政に一定の影響はあると考えられるものの、証拠上、具体的にいかなる支障が生じるか明らかでないとして、和歌山市の財政に与える影響を考慮しなかった。

 

(5)「家族介護」の反論を許してはならない。

例)千葉県2011224日 鎌ヶ谷市に対する審査請求についての取消裁決

「家族の協力による介護が可能である。」との市の主張は、配偶者に大きな負担を課すことを前提とするものであって不当であると判断された。

 

 

 

 

 


 

【重度障害者の公的介助保障を巡る裁判例等】

 

● 東京地裁20061129日第一次鈴木訴訟判決

「賃金と社会保障」143955頁・松井茂記「law in context憲法」(有斐閣)301頁・「憲法の基本」(法律文化社)128頁・「憲法のレシピ」(向学社)177

大田区が要綱により移動支援費を削減した処分を裁量権逸脱として違法判断した画期的判例。

● 福島地裁2007918日船引町支援費判決

「賃金と社会保障」145652頁・「ジュリスト」1364158

  生活保護他人介護料の受給を理由として居宅介護支援費を拒否することは違法とした判例。

申請を拒否する行政処分に理由を付さないことも違法と判断したことでも有名。

● 東京地裁2010728日第二次鈴木訴訟判決

「判例タイムズ」135698頁・「賃金と社会保障」1527号 

  移動支援月113時間決定を違法とした原告勝訴判決。大田区は判決に従い月147時間を支給。

● 石田訴訟

和歌山地裁20101217日判決 

「賃金と社会保障」153720頁    

  124時間介護の義務付け判決を原告が求めた。判決は現状の13時間の支給量は極めて少ないとして、違法な処分として取り消した。116時間以上、24時間以下の支給量を義務付ける判決を下した。 

  大阪高裁20111214日判決

  高裁判決は118時間以上の支給量を義務付ける判決を下し、確定した。

● 和歌山地裁 ALS訴訟   高齢のALS者2名が24時間介護義務付けを求めて提訴。

 2011926日仮の義務付け決定

「判例タイムズ」137292頁・「賃金と社会保障」155221

  介護保険と合わせて120時間の支給を仮に義務付ける決定。

  しかし20111121日大阪高裁が「緊急性が認められない」として、原決定を取り消した。

 ・2012425日和歌山地裁本案判決

  上記事件の本案訴訟において、地裁は121時間以上の支給量を義務付ける判決を下し、確定。

 

  以上のように公的介助保障を求める裁判や取り組みは全国でなされています。

  全国のみなさんと連帯しながら、誰もが地域で生きられる社会をめざして前進していきましょう。

 

 

 

 

 

 


FAQ

 

1 就寝中の見守り介護の必要性

和歌山ALS訴訟2012425日和歌山地裁本案判決

「原告が,体位変換,呼吸,食事,排たん,排泄等,生存にかかるおよそすべての要素について,他者による介護を必要とすること,自力で他者に自分の意思を伝える方法が極めて限定されていることに鑑みると,原告は,ほぼ常時,介護者がその側にいて,見守りも含めた介護サービスを必要とする状態にあることが認められる。」

 

2 市町村審査会の存在意義と問題点

   障害者自立支援法第15条の「市町村の介護給付費等の支給に関する審査会」(「市町村審査会」)は、支給要否決定にあたって市町村は審査会の意見を聴くことができる(同法第22条第2項)としているが、この審査会の形骸化等について。

 

3 行政内部要綱の問題点と運用のありかた

@ 東京地裁20061129日 第一次鈴木訴訟判決

  132時間の移動介護支給量基準要綱自体の不合理性を認定

  「支給量を,一律に原則として1か月当たり32時間以内とし,32時間を超えることができるのは処分行政庁が「特段の事情」があると認めた場合に限るものとして,…厳格な判断基準を設けている。

このような本件要綱の「特段の事情」の有無の判断が厳格に行われた場合には,,旧身体障害者福祉法等の趣旨に反するものといわざるを得ない。

本件全証拠を精査してみても,1か月当たり32時間という基準と被告における財政上の制約との間に合理的な関連性を見出すことはできない。

 

A 東京地裁2010728日 第二次鈴木訴訟判決

   要綱は運用を誤れば違法となる

  「@の標準時間については、使途を特に確認することなく移動中介護の時間数として認めるとともに、A標準時間を超える部分については、…個別の事情の確認・勘案により移動中介護の時間数を加算をするという仕組みは、…月32時間を超える部分の算定が同要綱の定めのとおり各障害者の個別の事情に応じて必要な時間数の加算を認めるものとして運用され、…月32時間が上限としてではなく…所要の加算を前提とする標準として運用される限りにおいて、…一定の合理性を肯認し得るものである」

 

4  市町村の責務と障害者の権利について

   2011830日障がい者制度改革推進会議総合福祉部会の「骨格提言」での

 ○「支援を受ける権利は障害者の個別の事情に最も相応しい内容でなければならない。」

 ○「当該個人の個別事情に即した必要十分な支給量が保障される。等の規定が法制化されることが障害者の権利と自治体の義務を明確化するために望まれます。

  しかし、これらは既に判例法理によって明らかになっているとも言えます。

  法令の趣旨をよく理解し、障害者が安心して地域生活を営めるよう個別の事情に即した支給量を保障することが自治体の責務と考えられます。                   以上

 

 

 

資料 日弁連会長談話